Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

石川カオリのブログ

NTHU ESS 大学生 ✈ 阪大工学部留学生(2015/09~2016/08)

〈台湾生まれ日本語育ち〉我住在日語

今日〈台湾生まれ日本語育ち〉の作家温又柔さんと会いました!
今天很高興能夠見到《我住在日語》的作者溫又柔小姐。

〈台湾生まれ日本語育ち〉という作品は私とってすごく大事なことであります。
這部《我住在日語》散文集對我來說是很重要的一本書。


一年前にこの本を日本で出版され、偶にネットで見てすぐに生協で注文しました。
一年前這本書在日本出版,我偶然在網路上看到後就立刻向學校合作社訂了這本書。
あの時ちょうど私の留学生活一番辛い時期なんで、春休みは長すぎて何をするか全く知らないし毎日コロコロしていました。
那個時候正好是我的留學生活過的最沈悶的時候,春假太長又一點計畫也沒有,耍廢打混的過每一天。


〈台湾生まれ日本語育ち〉をもらったから、毎日夜のラウンジでビールを飲んだり本を読んだりする日々でした。
收到《我住在日語》之後,每天晚上我都會在宿舍大廳一邊喝著啤酒一邊讀著這本書。

〈台湾生まれ日本語育ち〉であるカタカナで表記する台湾語やこの100年の台湾歴史特徴である世代間になかなか言語通じない面白さなど、一頁一頁で私とおばあちゃんな話を思い出しました。
這本書裡面用片假名拼寫的台語還有台灣近百年歷史的語言隔閡⋯⋯每一頁每一頁都會讓我想起我和阿嬤的故事。

 

私は台湾で生まれて「日本教育を受けて」ある「日本語世代の三代目」です。
我是在台灣出生在台灣長大卻受著日式教育的第三代。


戦争終わって50年後に生まれた私、地元と家族の原因で、私はよく日本統治時代に暮らしと思いました。
雖然我是在距離二戰結束的五十年後出生的,因為鄉里和家族的關係,我常常覺得自己活在日治時期的台灣。

日本語はおじいさんとおばあちゃんのことば、いつかおばあちゃんと日本語で話したい思いを強くて、日本語で話したらたぶん家族のことをもっともっと認識できるかもしれないと思って、あの時おばあちゃんと「日本語を教えて!」と言いましたが、おばあちゃんの年が高くなりますとよく日本語、台湾語と「国語」のことばを混ぜていて、結局私が習ったの日本語は〈桃太郎さん〉の歌でした。

日語對我來說是阿公阿嬤的語言,總想著有一天希望能和阿嬤用日文溝通的,如果和阿嬤用日語溝通的話,說不定我就能知道更多關於我們家的事。開始有這個年頭時,我雖然拜託阿嬤教我日文,但那個時候阿嬤年級也大了,常常把日語、台語和「國語」混在一起,結果我學會的只有《桃太郎》這首童謠。

実は私とって「おやすみ」は台湾語でした。私小さいからずっと寝る前に「おやすみ」と言って、本当に正しい「台湾語」はどうやって言うのかほんま知りませんでした。
事實上對我來說,「oyasumi」是台語,我從小就是在睡前講「oyasumi」,硬要問我「正確的台語」要怎麼說的話,我是真的不知道。


私が日本語を話せるのは去年大阪にいる時「生活のために」周りの人たちのことばを模倣して習っていたかもしれません。
能夠開口用日文溝通,真的是一直到去年在大阪「為了得以生活」,努力學身邊的人的說話方式才學來的。

もしおばあちゃんがまだ生きていたら、私の日本語を通じるかな?私の日本語と100年前美しい日本語と通じるかな?もしくはおばあちゃんはもう日本語が退化してって話せない状態になるかな?
如果阿嬤還活著的話,我和阿嬤有辦法用日文溝通嗎?我的日文和百年前優美(現代來看就是文縐縐)的日文會通嗎?還是說阿嬤的日文能力已經退化到沒有辦法單純用日文來表達自己想說的意思?

 

こんな私、「台湾生まれ日本語育ち」の温さんのケースと似てますか?相反しますか?すごく面白いかもしれません。
這樣的我和《我住在日語》的作者像嗎?還是剛好反過來呢?每次想到這裡都覺得很有趣

 

私とって、こちらの〈台湾生まれ日本語育ち〉は大事な宝物です。
對我來說,這本《我住在日語》是很重要的寶物。

この本を読んでから、これからにもこんな私を自分らしく生きている勇気を出して、楽しく元気になりました。
因為讀了這本書,才讓我從當時渾渾噩噩的日子中又重新站起來,可以充滿活力、開心的度過每一天。

この本を読んでから、今の私がもう少し頑張ったら、日本語で書く本を読めるきっかけに本を読むことトントン好きになりました。
因為讀了這本書,我才突然發現到原來只要我一點一點努力的看,是有辦法看懂日文書的!也因為這樣我開始喜歡上讀書這件事(覺得只要努力就能看懂這點很有成就感)

 

「我的妹妹」(=私の妹)
交流会に私の話を聞いた温さんが私に「我的妹妹」と言いました。
在今天的新書前導會上聽完我的故事的作者,在大家的面前對著我用「國語」說了:「我的妹妹」

 

交流会に色々話を聞いて、ここで一つだけシェアしたいのは「小さいからイギリスへ移住したカスオ・イシグロさんが英語で書いて和訳した日本のことを日本に住んでいる日本人に見せたら、これは現實の日本ではないと思われる」ことです。
前導會上聽了很多很有趣的事,簡單選一件事在這裡和分享:從小就搬到英國的石黑一雄先生,用英文寫了一部和日本有關的書,對於石黑先生來說要直接用日文書寫有點困難,如果將翻譯成日文版的作品給一直都住在日本的日本人看,多半會覺得作品中的日本和現實有所落差。

日本に住んでいる台湾人や日本人や台湾と日本の間に生きている人たちから認識していた台湾のことと台湾に住んでいる人たちの思いや考え方が違います。
住在日本的台灣人、日本人或是在台灣和日本之間活著的人們所認識的台灣,和一直住在台灣的台灣人所認識的台灣,在想法和感覺上不太一樣。

 

あなたは台湾人?日本人?一体何人なの?と聞いて
やっぱり大事なのは、自分はどう思う
他の人より、大事なのは自分が自分のことをどう思う。

聽到別人問說「你是哪裡人?台灣人還是日本人?」,最重要的還是自己怎麼想;比起別人怎麼說,自己怎麼看待自己才是最重要的。

そして、他の人からより
自分が自分のことを自分のことばで言うのは大事。

然後,比起別人怎麼說,
自己用自己的話說自己的事才是最重要的。